――愛のカタチ 前編――













君を、戦で傷つけたくない。
出来れば普通に、そして幸せに。

それが、私の願い。













「まわりこめ!」

「後ろだ!」

「ぼさっとするな、やられるぞ!」

は向こうにまわれ!」

「はいっ!」


殺伐とする戦場の中で、たとえ見方同士でも足手まといは許されない。
必死になり皆についていこうとするを、他の者は余裕のない表情で叱咤するけれど、にとっては今だ慣れない戦場で思うように動く事が出来なかった。
それでも足手まといにだけはなりたくなくて、何とか応戦するを彼女の上官、趙雲だけは冷静な声で指示を出す。


「違う、こっちだ、は私の傍に来い」

「! はいっ!」


その声に従っては自分の得物、細剣を握りなおす。
皆の間を潜り抜け、趙雲の隣へと身を移すと更に趙雲がの背を押した。

「え?」

その瞬間、飛んできた矢が趙雲の槍で跳ね返される。

ガッ!

鈍い音に振り返ると、その目に槍を振り払う趙雲の姿が映った。

「私の傍を離れるな、わかったな」

庇ってもらった、そう認識する間もなく又次の矢が放たれる。
その矢を更に趙雲が跳ね返すのを、は目を見開いて見るだけだった。

! いくぞ!」

その声にはっと気づくと頭を振って趙雲に続く。

駄目だ、気を抜いてはいけない!
私は生きる!

の目には恐怖はぬぐえない。
けれど、今はそんな事を言っていられない。
ただ剣を握り締め、今まで、この為に辛い鍛錬を重ねた日々を思い出し敵に向き直る。

そして繰り出されるその剣の先が赤く染まる、鈍い感触も全て。

唯一つの願いの為だと言い聞かせ、自分自身を奮い立たせる。

ただ、あなたのそばにいる為だけに――――
















戦の後、事後処理が終わり、各々上官から何かしら言葉なり注意なり頂く。
それはそれは、緊張の一時。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

無言で腕を組む趙雲の姿に、はびくびくと震えた。
この次は一体何を言われるのだろう?
注意される事が多すぎて、心当たりが多すぎてつい、構えてしまう。
この瞬間だけは、ドキドキしすぎて堪らない。

・・・・・」

「はい」

「今日の君の戦いぶりだが・・・・・・」

うっ。

この言い方は、きっと、やっぱり怒られる!

は目を閉じてこれから起る罵声へと耐えるため、目を閉じた。

「基本がなっていない! もっと回りに気を使うんだ、そうでないとすぐ流れ矢に当たってしまうぞ! それに君はどうも最後の詰めが甘い。それに――――」

延々と続く趙雲の戦後の評定を、心で泣きながらは聞いていた。
これは愛の鞭、愛なんだから、と言い聞かせないととても持たない厳しい趙雲の言葉。
普段が優しい彼なだけに、怒るとこれまた怖いのだ。
それを毎回毎回聞きながら、自分が情けなくて悔しくて歯がゆくて、とても苦しかったけれど、たった一言ほめてくれるその言葉が嬉しくて、その言葉が欲しくて頑張っている様な物だった。

・・・・・・今日は褒められないけど(涙)

評定、というよりも小言だと周りの皆はいつも思って、笑いをこらえている事をは知らない。
が出る戦の後、こうしていつも趙雲はを呼び出し、ここをこうしろ、ああしないと駄目だと事細かに注意する。
それはもう、この軍では見慣れた光景だったので誰も何も言わないけれど、趙雲がを可愛がっている、それだけは皆にも分っているので皆それを微笑ましく見守っていた。

「こら、聞いているのか!」

「はっ、はい! これからはもっと精進します!」

「・・・・・・・よろしい。では食事の後、いつものように裏手で待っているように」

「うっ、今日もですか?」

「・・・・・・・・嫌なら止めていいいんだぞ?」

止めていい、とは戦に出ず普通に戻れ、という意味だと気づき、は焦ってぶんぶんと首を振る。

「滅相もない! 張り切ってやらせていただきます!」

びしっと姿勢をただし答え、そしてがっくりと落ち込んで幕舎へと戻っていく様子を、趙雲は内心の笑みを隠しながら見送った。

今日も、無事でよかった。

その想いを抱いて。











幕舎に辿り着くと、ははああああぁ〜と、深い溜息をついて座り込んだ。

ああ、今日も結局趙雲の足を引張る事しか出来なかった。
・・・・何時になったら、私は堂々と彼の隣に並ぶ事が出来るんだろう・・・・って、これはやっぱり無理か・・・・・・
ううん、とにかく自分の剣技だけは、ちゃんと磨かなくちゃ。
・・・・・・・・・・・・今日も食事の後か・・・きっついな・・・・・・

趙雲との、鍛錬。
別名しごき、という。
鬼のような趙雲に、毎回毎回泣きそうな思いで挑みかかるのだ。

今日の反省と、これからの鍛錬を思い、なおさら溜息が出る。
けれど何時までもこうしていられないと、食事を取りに外へとでた。

体力を補給しなきゃ、持たないもんね(汗)











ガキン!

鋭い音をたてて、槍と剣がぶつかる。
その勢いはだんだん増して、それを受けるの腕はその衝撃に腕がじんじんと痺れるのが分る。
けれどここで気を抜いたら駄目だと自分を奮い立たせ、尚踏み込んでいく。
けれど。

「甘い!」

がっと勢い良く槍を引かれ、はっとした瞬間に足払いを食らわされた。
倒れこんだの上に乗りかかるようにして、槍をかざす趙雲。

「・・・・・・これで、3度。君は命を失った事になる」

「くっ!」

趙雲の槍の下では悔しさのあまり唇をかんだ。
何度も何度も、趙雲に向かっていくのに簡単にかわされ、そして反撃を受ける。
その全てに上手く対応できなくて。

「ほら、さっさと立つ。 もう一度、今度はからだ」

「! は、はい!」

繰り返し繰り返し、趙雲はをしごいた。
それは、が軍に入ってから毎日行われる日課になっていたけれど、一度も満足のいく結果を出せた試しはない。
きつい言葉と、容赦のない攻撃と、根を上げてしまいそうな鍛錬の数々。
それの全てに耐えながら、それでもは軍を止めるとは言わなかった。
そう、言わないから尚のこと。
趙雲はを厳しく指導する。
彼女の、の命を守る為に。














「今日はこれまでにしよう。明日も早い。早く休むように」

「は、はい・・・ありがとうございました・・・・趙将軍、お休みなさいませ」

はぁはぁと肩で息をしながら、は趙雲に向かって頭を下げた。
そして、ふらふらになりながら幕舎へと帰っていくその様子を、趙雲は何ともいえない気持ちで見送る。

何度も倒され、泥だらけになりながらも剣を握り向かってくるその様子に趙雲は何も言わず、ただ槍を打ち込んだ。
守りたい気持ちと、それが出来ない苛立ちと、頑なまでに軍を去ろうとしない彼女への憤り。
それがあるから、彼女の気持ちを理解したからこそ、ここで散ってしまって欲しくなくてつい毎日彼女をしごきあげる自分がいる。

自分のしている事は、彼女をこの軍から離れられなくしてるだけではなかろうか?

時折胸が痛むけれど、それでも戦場に出る以上はある程度の技量を身につけていなければ、一瞬のうちにその命は散ってしまうから。
それに、彼女は女性なのだから―――
敵に捕まれば、その身の保証はないのだから。

今日の彼女を思い出し、ふぅと小さく溜息を一つ。

趙、将軍、か・・・・・

何時から彼女は自分のことをそう呼ぶようになったのか。
寂しさを感じ、ふと夜空を見上げた時、後方から声がした。

「趙雲、今日のしごきは終わったのか?」

「関羽殿」

振り返る趙雲の先に、この軍の最高責任者の関羽の姿。
苦笑しながら、趙雲は頷いた。

「はい。いつものように、根を上げないですね」

「そうか・・・・・・うむ、あれが来てどれくらいになるか・・・・?」

「―――もう半年かと。よくもっている気がします」

やるせない趙雲の表情を関羽は見、そして趙雲の肩をそっと叩いた。

「お主が教えているんだ、じき上達する。その兆しもある。それに、趙雲のしごきに耐えるあの根性は私も一目置いているんだが・・・?」

「!」

「その愛情が、あやつに届けばいいのにのう。・・・・本当にお主は不器用なやつだ」

「か、関羽殿!(////////)」

思わず赤くなる趙雲を笑いながら関羽は懐かしそうに目を細めた。

「あの娘が初めて来た時のお主の顔、今でも思い出す」



あの娘が軍に志願しに来たと知り、趙雲は顔を真っ赤にさせ怒った。
けれど、どうしても引かないと知ると自分の下へと付ける事を望み、そして出来る限りの身を守る術をこうして毎夜教えている。
その行動に、関羽を初め劉備ら皆驚きはしたものの、なれないを大きな戦には出さず、小さなものにしか出してないその様子を見て、皆見守るようになった。
諸葛亮はただ微笑んで、頷くだけで。
反対するものも出ず、趙雲を信じて。



関羽はにこりと微笑む。

「そろそろ、あの娘との馴れ初めを、話してもらえないか・・・・?」

その言葉に戸惑った趙雲だったけれど、ふぅと息をつくと諦めたように微笑んだ。

「そうですね、関羽殿になら、お話してもいいかもしれません。・・・・・私と、の出会いを」











長くなるから、と近くの木の根元に関羽と趙雲二人並んで座る。
槍を傍に立てかけ、趙雲は両の長い指を胸の前で絡ませた。

「あれは、そうですね、数年前。まだ私がこの地に来る前でした。主を求め彷徨っていた。その時、偶然と出会ったのです。」

「偶然?」

「ええ。いきなり彼女は落ちてきた。私の上に。その時の彼女の格好ときたら、見たことのない着物を着ていて、とても綺麗だったんですよ? でも・・・・・」




あれはまだ趙雲が蜀の武将になっていなかった頃。
自分の仕えるべき君主が、今の方ではないと思い始めた時だった。
だからその答えを探して、放浪していた。
そんなある日、偶然にしてに出会っのだ。

馬を駆り、ある草原を走っていた。
今夜までには、村に着きたい。
そう思いながら馬を走らせていた。
と、突然目の前が暗くなった、と思った瞬間、趙雲の目の前に何者かが突然降ってきたのだ。
慌てて手綱を引き馬を止める。
と同時に振ってきた人物を抱きとめた。
いきなりの事に混乱する趙雲は、降ってきた人物があまりにも妙な格好をしていたので更に混乱した。

「な! お前は一体何者だ!」

腕の中の人物は、うと呻くとゆっくりと顔を上げ、趙雲へと振り向いた。

「いたたたた・・・・・・もう、一体なんな訳・・・・・?」

そこで初めて、趙雲は降ってきたのが女性であると気づいたのだ。
その女性は趙雲を見、周りを見、きょとんとして一言。

「え? ここどこ?」

そう言った。

話を聞いてみると、どうやらここの世界のものではない(一体何の事だ?)という事に落ち着き。
いく当てもない、物知らずなこの娘を拾い、趙雲は途方にくれた。
自分自身、いく当ても決まらない、放浪の身だったから。






「なんと、異人か?」

「どうやら、そうみたいですね。けれどまだそんな事は序の口で・・・・・」





その日、ついに村に着く事は出来ず、適当な木の元で焚き火をし、二人休んでいた。

と。

ふいにその娘、が着物を脱ぎだした!

「な!」

慌てる趙雲をよそには着物の帯を取り、上着を脱いで更に結い上げた髪をとき、軽装になるとほうと息をついた。

「あ〜〜〜、窮屈だった。こんなに身体をがちがちに絞めてたら息するのも苦しいもんね。 ・・・・・ん? どうかした?」

成人式に行く途中だった、だから着物姿なのよ?
でもこれ、苦しいんだ〜

そう言うは簡単に笑うけれど、いきなり目の前で着物を脱がれ、趙雲は目を白黒させた。

なんということだ!
この娘には常識がない!

その後、趙雲は決めた。
この娘を、安全な場所へと導くことに。
それに、迷いはなかった。




ふう、と息を吐き、趙雲は関羽をみる。
その顔は、やれやれといったような諦める感じで。

「常識も知らず、生き抜く術を持たぬを、放り出す事は出来なかったんですよ」

「そうだったのか」

「・・・・・・・・正直、あの頃一緒に過ごしてこのまま連れて行こうと、何度も思いました。共に過ごすうちにの優しさに癒される自分を、心地よいとさえ思ったものです」

「それが、なぜ?」

「・・・・・・けれど、状況が変わった。考えが変わったのです。私は武人で、は普通の女性だ。戦えない彼女を連れて行くことはもう難しかった。だから、それを告げて信頼する家へと、彼女を預けたのです」

そこで、趙雲はふと空を見上げた。

「そうです、ちょうどこんな夜だった。にそれを告げると、それはもう嫌がって大変でした」

「・・・・ふ、想像できるな」

「だから、私はつい、言ってしまったのです。戦えるようになれば、一緒にいようと。・・・・・無理だと思っていましたから」

でも、そう言って趙雲は唇をかんだ。

「まさか彼女がそれを本気にして、剣を習うとは思ってもいなかったのです。隣に並べるようになれば、私が迎えに来ると、そう信じていたようで・・・・。だから、私は手紙を書いた。迎えにはいかないと。諦めて、自分の道を行くようにと」



そう、手紙を読んで驚いた。
を頼んだ家人は、今だ自分を待ち続けていると、そう知らせてきたのだ。
腕は上がった。保障する。早く来てやれと。
でも、わざと迎えに行かなかった。
忘れたわけじゃない。
忘れられるはずない。
忘れられない、不思議な娘。
でも、彼女には幸せに過ごして欲しいからと。
もし、迎えに行くとするなら、この乱世が終わってからだと。



「ところがあの娘はやってきた、という訳か・・・・」

「ええ。まさか一人で乗り込んでくるとは思わず、取り乱してしましました」

お恥ずかしい話です。
顔を赤らめ、趙雲は俯いた。


「けれど、置いていってそのままの私も悪かった。を頼んだ家を、野党が襲ったと、そう聞きました」

「なんと!」

「その時、初めて剣で人をさしたと。どんなにか、怖かっただろうに。私は、私の都合でを傷つけたのです。それが、堪らない」

そんな趙雲を見て、関羽はふと疑問に思う。

「なんで、そんなに思うを娶らんのだ?」

その言葉に、趙雲は盛大に溜息を吐いた。

「それは・・・・・無理です」

「なぜ?」

が承知しない」

「は?」

「・・・・・・置いていったのが、あまりにも悔しかったのでしょうね。常に傍にいるのだと、息巻いていますから」

「いや、だから・・・・」

は、家の中で待つ事を嫌う。ただじっと待つ事よりも、隣に並びたいと、そういう娘なのです」


変わっているでしょう?


「だから私は、彼女が傷つかないように、毎日しごくのですよ」

「・・・・・苦労していたんだな・・・・・」



諦めたように笑う趙雲を、このとき初めて関羽は気の毒にと同情した。










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2006.1.19